30年間の人生、ずっとアトピーと向き合い続けてきました。前回はこちらの記事で、自分なりの心構えについてお話しました。
ちょっとタイトルがネガティブ過ぎましたね…表現としては「生まれながらにしてかけられた呪い」ってのは、自分でもしっくりきてるんですが。
これだと、同情買っちゃいそうで。ちょっと失敗しました😅
きょうは、自分としては続編という位置づけです。アトピーを通じて学んだコンプレックスとの向き合い方について。
病気でも、障害でも、性格でも、なんでもそうだと思う
この話は以前、妻にも話した内容なんです。
うちの妻はスーパー生きづらい特性をもっている人です。例えば、巷で話題になっている「HSP」(Highly Sensitive Person:非常に敏感な人)なんて、まさしくあてはまっちゃいます。
たとえば、人や動物に感情移入しすぎて自分が疲れちゃったり、気圧の変化に体調を左右されまっくたり、美容院で髪を切りすぎてしまったことを悔やんで寝付けなくなったり(←昨夜)といろいろ… まぁ、生きづらいこと。
わたしは妻のこと大好きですし、かなり理解しようと思っていますが、必要以上の同情はしません。
「つらいよね、かわいそうに」と言って、わたしまで悲しんでいたら、夫婦で負のスパイラルに突入していっちゃうことでしょう。
自分もハンディキャップと闘っている
その代わり、できるだけ耳を傾けて、話を聞くようにしています。(いつもできているわけではありませんが)
妻が不登校だった頃のこと、家族に対して思うこと、社会に出ることへの不安…もうとことん2人で話してきました。
基本はわたしが聞き役で、「うんうん」と聞いていて、思ったことを伝えます。あるとき、わたし自身の話をしたら、妻はとても驚いていました。
それは、わたしだってハンディキャップを背負っているということ。一般的な障害者の定義には当てはまらないけれど、その障害に負けずに生きているという話です。
わたしにとって、四六時中、体がムズムズかゆくなることは、のっぴきならない大問題です。でも、周囲の人からしたら、「あいつたまに顔荒れてるな~」くらいなもんで。(背中とかお尻とか人目につかないところがかゆかったりする…)
わたしが常日頃、人知れずかゆさを耐えているなんて知らないと思います。なんなら親だって、ほんとのところはよくわからないと思います。
妻は、わたしがかゆそうにしているのを見て、体に合う保湿剤を探してくれたり、一緒に試行錯誤してくれています。
それでも、わたしは自ら「アトピーじゃない体で生まれてこれたらよかったのに」なんて不平不満を口にしたことはありませんでした。
きっと妻からしたら、「本人はほとんど気にしていないんだろうな~」くらいに感じていたんだろうと思います。
みんな何かしらに悩んでいる
ほかの人から見て「そんな悩みたいしたことないでしょ」って思うようなささいなことでも、当事者にとってはめちゃくちゃつらいってことありますよね。わたしはそういう視点を持つ大切さを、アトピーから学びました。
「お前はただかゆいだけだ。もっとつらい難病を持って生まれてきた子どもだっている」。なんて言うのは、はっきりいってナンセンスです。
悩みや問題は抱えるその人自身が一番つらいんだから
みんな何かしらコンプレックスを抱えているわけです。みんなそうやって生きているんだと思うと、自分の重荷も少しは軽くなるかもしれません。
そういう感覚って、すごく大切だと思います。もしかしたら、モッチモチでうるおいたっぷりの肌を持って生まれてきた人には、こういう発想も生まれないかもしれません。
アトピーと向き合い続けてきたおかげです。よかった、よかった。
お読みいただきありがとうございました😊
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